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歴史は繰り返すけれど、それに気づけるかどうかは別の話である


 

歴史において同じイベントは何度も繰り返され、そのたびに同じ経過と同じ結果を迎える。
その中で重要な役目を果たす、そして人々の行動と判断に影響をもたらすのは「物語」であるという内容ですね。
ついでに、その騒乱の中ではいつもインチキやトンデモがいて、彼らがどのような最後を迎えるかもまた同じ…
というのも今の時代から未来をみるのに役に立つかも?

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経済というタイトルであり、間違いなく経済本ですが、
副題に「予測」とあるように本質は「歴史に学ぶ」ための手引き/参考書ととるほうがよさそうな気がします。

感染する物語≒ナラティブの例

AIに仕事を奪われるのではないか、というのはある部分で事実だと思います。
もっともAIをどの範囲までのものを指しているかで変わってくるのでしょうが、そこは割愛。

このような不安の声は人類が初めて直面する技術が誕生すると必ず現れるものです。
未知という漠然とした恐怖に由来するものではあるのでしょうが、
90年前の例を抜粋して概要を紹介。

ダイヤル式電話を拒んだアメリカ議会

アメリカの大恐慌最初の年である1930年、
電話はまだ相手と話そうとするときは交換手に番号を伝えて相手に繋げてもらう時代でした。
しかし1892年に最初の特許が発生したダイヤル式電話は実用化されていたのですが、
普及にはなかなか至りませんでした。

その要因の一つと言われるのが、不況を背景にした影響であろうと思われます。
ダイアルが搭載されれば、交換手の仕事が奪われるのは必然ですよね。
大不況のさなかということもあり、「交換手の仕事を奪うな!」という運動が立ち上がります。

「機械が人の仕事を奪う、機械は悪だ!」というナラティブが効果的だったわけですね。
話のオチとしては、1930年にアメリカ上院の電話をダイヤル式に置き換えたら、
三週間後にそれらを撤去する要望がだされて、可決されました。
もちろん「雇用をまもるため」というお題目を利用したかったのでしょうし、
大恐慌の時代だからこその話ではあるのでしょう、
つまりAIの心配をする今と比べて、社会不安が背景にあるという共通点があります。

もう一つ大事なこと、ラッダイト運動*1も「機械のせいで雇用がなくなった!」
という主張で機械の打ちこわしが行われましたよね。
本当の理由などはさておき、同じナラティブが使われたわけです。

さて、ダイヤルとの決別でその雇用は本当に守られたのでしょうか…?

ラッダイト運動*1=大雑把にいうと、産業革命で機械が多く導入され、資本家と労働者の格差が拡大し
それへの反発として打ちこわしなどをした人々、歴史の仇花。
実在は疑われるが運動の指導者とされたネッド=ラッド(Ned Ludd)にちなむ。

技術は不可逆なのもの

人は楽なものを捨てることはありません、間違いなく採用して普及します。
それらを捨てて雇用を増やそう!と思うと、
スマホでできていた予約や手配が全て電話経由になったり、
もっと悪いと手紙などになることを許容できるでしょうか?

技術には不可逆的(以前の状態には戻れないもの)なものがある、
というよりはほとんどがそうなのでしょう。

たとえば印刷、全てが手写しの本は価格が一体いくらになるのか。
たとえば熱機関、全てが人力や家畜にたよった動力の時代で生きられるでしょうか。
そしてインターネット、スマホもパソコンもない世界で今の生活を維持できるのでしょうか。

となれば本心でどうあれ、自分の進退に関わらない限り必ず適当な理由で推進するでしょう。
「楽する技術」が出てきた場合、それらを犠牲にしてまで雇用を増やした例はないでしょうし、
それは結局進歩の否定になってしまいます。
(技術より雇用!という意見もあるでしょうが、私は賛同しません)

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Posted in このえ書架 , 経済 , 行動経済学

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