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信仰と正当化とでっち上げ




 

こちらの本のP82テスト問題の一部を引用

概要としては

とある終末思想の集団が、その日が来ても世界が終わらなかったことに対して「我々の祈りが通じたから」という”新たな解釈”をもって、その信仰を正当化した

間違っているという事実を目の前にしても、今までの全てをかけた信仰と教義を否定することができない、ならばそれを”維持”できる都合の良いものを探そうという話です。

チェリーピッキングは既成事実(精度はさておき)から都合のよいものを選びますが、事実として存在しなくても作ってしまえ、という点では無限に後出しができる構成なのである意味で無敵です。

この仕組みは怪しげな信仰の話だとバカにできず、実はよく見る光景です。
自分の言説が間違っていることが証明されても、それまでの時間や自らの行動を考えるととても受容できない、ならば”新たな解釈”をもってそれらを整合させようという例です

まあ、インチキ医とか陰謀論に嵌っちゃった人のテンプレですよね。



パターン構成要因

・サンクコスト
今までの努力やかけた時間が無駄であった、と認めてしまうと自分は損をし続けてきたことが「実現損益」になってしまうのを避けたいというもの

実際には一億歩譲って価値があるとしても評価は最高で0、あとは無限にマイナスなので費用という忌でのコストも何も…なので、違うかもしれません笑

・プライド/ステータス
「間違っていたことが恥ずかしい」「それを認めて自分が劣っていると思われたくない」、しかし現実を変えることはできないので”新たな現実”を作ってしまおう!というパターンです。

気持的にはわかりますが、他人からの評価を気にしてのことなので、周囲を巻き込む「害」でしかない事実を自覚してほしいものです。

まとめれば
「引くに引けないけど、前に進む道もないので現実を視ないことにした」と言うほうが早いかもしれません。

科学でもなければ神の話でもない、いわば愚者の教義とでも言えそうです。










Posted in このえ書架, 人生/哲学, 行動経済学

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