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ブルーバックスを通して安全と基準値について考えてみる

よく話題になる言葉として、安全、基準値、確率というものがあります

ツイッターですと99%が不毛な会話、クソリプの重力場に到達するアレです

以前に基準値やサーベイメーターのやりとりをしている時に

私以外は極めて理知的な会話の中で

たぬきち先生から紹介してもらった書籍

これを購入してみました

愛すべきブルーバックス書籍であるのも素晴らしいですね

比較的ではありますが、安価です

できれば1000円切って頂けると最高ですが、値切ると粗悪になるのは当然ですので

頑張って頂いてると感謝すべきでしょう

基準値のからくり (ブルーバックス) [ 村上 道夫 ]

価格:1,188円
(2019/5/27 09:00時点)

ところでこの流れで爆探やCBRNE対策のマニュアルは持っていると言いましたが

あれらは”人を救うこと、安全に関する知識“はほぼスルーしています

なぜかというと、今死ぬか否かの時に十年後の病気を心配する人はいませんし

トリアージではなく、Dead or Aliveの選択が前提な内容です

全て私的見解と解釈ですが、救える範囲の最大化が目的だからでしょうね



話を戻します

安全というのは二種類あることを理解しないと、議論などは成立しません

これは書籍に書いてあるので詳しくは割愛しますが、以下のようなものです

物理的な安全と心理的な安全にわかれる

1.物理的な安全は説明不要かと思いますが、要はどれくらいで死ぬとか中毒とか

そういうことですね

2.心理的な安全というのは、わかっているけど受け入れられないとか、得体が知れないから受け入れられないというものです

以下はまたもやの私的見解ですが

100%の安全を求める人は心理的な安全に偏執しているので、物理的な話は届きません

自分が受け入れらるもの以外全部NGという状態だからです

ところで書籍の内容から外れますが

この状態は認知の歪みではないでしょうか?

精神科の先生方どなたか教えてください(汗




医学的な見解はおいて置き

副作用の発現率が0.1%の薬を忌避する人がいたとします

数字的にだけ見るなら、歩いていたら自動車などにひかれる確率のほうが高そうです

自動車を運転していれば事故を起こす確率ははるかに上がるでしょう

連用や連日という複利を用いるとしたら更に数字も跳ね上がります

ですが平然と毎日自動車を運転している人がほとんどでしょう

このように、現実に起こり得る確率と心理的に受け入れたくない確率は

数字の扱い方どころか方向性が違うので

そこの齟齬を消して、議論の対象と目的を確認しあってからではないと

会話レベルであっても成立しないでしょう

ただし、最初から話を聞く気がない人とは言葉は通じませんので

明確な物質的/物理的な害悪である場合は、法規制と言う名のこん棒で殴るしか方法がなくなります

余談ですがこの心理的安全の増長促進を利用したのがインチキビジネスです

エスカレートした反ワクチンやインチキアトピー療法には科学が通じなくなる理由の1つです

尚、ビジネスでやってるインチキは執行機関の射撃の的にすればいいと思います

二―ショットからヘッドショットまで堪能して頂ければと思います(≧∀≦)




さてここまでこのタイトルで書いてなんですが

正直そこらへんあまり興味ないです(‘◇’)ゞ

どちらかというと基準は如何に決まるか?を知ってほしいと思います

なぜかというとですね

社会というのは個人の集まりで機能するシステムですし

システムがないと機能しない存在でもあるかと思いますが

そのシステムの1つが基準値です

誰もが無意識であれ意識的であれ基準値を使っているはずです

労働時間、快適な温度、睡眠時間、危ない速度…

安全だとされる=自分が安全だと思う、基準がないと社会は成立しません

ちょっと考えてみましょう、基準がないと成立しないのが社会

つまり、あれらを決めている存在が社会を決めているわけです

基準や安全に限らず、“評価“が強大な利権であることは間違いないです

食べなんとかログとか、なんとか評価機構とかね

ただしく判断する知識は大事ですね(・ω・)ノ

このブログ前半まるごといらなかった(≧∀≦)






Posted in 産業, 経済, 読書