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SNSが既存の大手メディアに勝てない理由

勝てない、と書きましたが「比肩できない」のほうが適切っぽいですね
SNSのチカラというのを軽んじているわけでもなく
恒久的に可能性がないとも思わないのですが
(YoutubeはSNSか?という点は脇におきます)

 

現状は何かの運動にしても既存のメディアに届けることが到達地点であって
身も蓋もなく言えば「TVに放映してもらおう」がゴールです
発信力と影響力、特に影響力に序列をつけるなら明らかに圧倒的下位です
勝負にすらなっていません

 



 

ツイッターTVのようなものができればメディアたりえるかもしれません
けれどそれはSNSのチカラではなく、SNS資本が作ったメディアのチカラとして存在することは想像が容易いですよね

この類の話をすると、あの時はああだった、とかいう例を持ち出されますが
メディアから経済、気象や地殻変動など万事において“特殊例”は存在します
そういった希少例を指針にするのはあまりにばかげています
氷河期をベースにして環境問題を考えますか?みたいな話なわけですし

実はそういう個人に限った体験を全般に当てはめようとする声は
まさにメディアたりえない理由なのですが
個人しかしらない体験に基づいてしまうと、統一見解や統一指針での運用が不可能です
個人の意思を全て拾うようなものはなんの解答をだせないことは誰でもわかるでしょう

船頭多くして舟山登る、とか、百人の賢者、の体現です
メディアは間違った一つの答えを出すことはありますが
SNSでは一つの答えさえだせません

 

多様性を掲げながら排撃に終始する光景が日常茶飯事であるわけですし
既存メディアのようになれない理由を大雑把にまとめると

(資本的な話はさておき)
・そもそも有力?な人の自発性/特性に全てがかかっているので、個人に全体が左右されすぎる

・個人アカウントという性質上、TVやラジオのように常時かそれに近い状態を維持できず、責任も持てない(メディアがもっているかは別として)

・情報が氾濫しすぎており、例えるなら100000チャンネルあるTVのようなもので、耳目を集めるもの以外は興味が持たれない
ここは悪い意味でのみ既存メディアと同じですが…
そういった事情を考えてみて
現実的な影響力という点では、SNSは既存のメディアに全く及ばないなぁと思うのです



一方で、監視機関として機能するなら現状でも有用だと思います

内部なんとか委員会とかは
こういう対策してますよ/しましたアピール
以外に果す役割を知りません
彼らは組織や世論の意向などを汲んでしまうので中立でも公平でもないでしょう

かたやSNSには調査と検証については、専門家なのかオタクなのか区別が難しいながらも
その能力には疑問のない猛者たちが手ぐすねをひいています笑

ただしその数千倍の数の知識もない素人が大きな声を上げているのも忘れてはいけません
勝負は大きさと数です、質が優勢たりえるのは戦場の第一フェーズまで
もっといえば開戦しないようにするまでしか通じません

以降は核兵器レベルの破壊力を持たない限りは
数を集められるか、維持できるかだけが勝負を決めます

科学的な間違い、数値化ないしYes/Noで明記できるもの以外は
民主主義である以上、社会において多数であることが社会の正しさです

ここで誤解されたくないので注記しますと
社会で少数=悪や間違い、ではけしてありません
正しさとは社会が含む少数へのサポートやバックアップも含めて、はじめて社会の正しさです

正しさというか最適化されたルールというほうが適していそうです

とまれ、知ってもらう、興味を持ってもらう、参加してもらうというのは
社会での勢力を大きくするということ以外のなにものでもありません

もし少数に動かされる大多数なんてことになれば
まさに選ばれたエリートが動かす国民
みたいな図で一番嫌われるはずなのですが、なぜか前者は賞賛されたりしませんか?
ラベルを変えるだけ手法の有効性が証明されているような…

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Posted in SNS, 愚考

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